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徳島地方裁判所 昭和56年(ワ)234号 判決

原告

福永シズコ

被告

新田弘満

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立(求めた判決)

(原告)

一  被告は、原告に対し金六〇〇万円及びこれに対する昭和五六年七月一七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(原告)

一  事故の発生

原告は、昭和五三年七月一四日午前八時五八分ころ、徳島市福島一丁目九番一号先道路を北側より南側へ横断していたところ、沖ノ洲方面より福島橋方面へ疾走してきた被告が保有し運転する自動車に跳ね飛ばされて骨盤骨折、左肘擦過傷、左下腿打撲傷等の重傷を負わされた。

二  被告の責任

被告は、加害者の運行供用者で自動車損害賠償保障法第三条に基づく損害賠償責任がある。

三  損害の発生

原告に生じた損害は次のとおりである。

1 治療費 金一五七万一、六五二円

(三割の自己負担分)

(一)  昭和五三年八月四日から同一一月二四日まで市民病院入院 金一〇万六、六三六円

(二)  昭和五三年一一月二四日から同一二月一六日まで徳島大学入院 金一四万一、九四六円

(三)  昭和五三年一二月一六日から昭和五四年九月二〇日まで大櫛内科入院 金四七万四、〇五五円

(四)  昭和五四年九月二一日から同月一二月二〇日まで大櫛内科通院 金二万一、〇〇〇円

(五)  昭和五四年一二月二一日から昭和五五年四月九日まで大櫛内科入院 金二三万七、一八五円

(六)  昭和五五年四月一〇日から昭和五五年六月九日まで大櫛内科通院 金一万四、八三五円

(七)  昭和五五年六月一〇日から昭和五六年二月二八日まで大櫛内科入院 金五五万一、三一〇円

(八)  昭和五四年二月一六日から昭和五六年二月一〇日まで市民病院通院 金五、九四五円

(九)  昭和五四年三月五日から昭和五四年一一月二六日まで加藤整形病院通院 金一万八、七四〇円

2 付添看護費 金八五万二、三六〇円

事故発生日より昭和五三年一一月二四日までの一三四日間は、骨盤骨折等により歩行不能のため付添看護を要した。

(一)  昭和五三年七月一四日から同一六日まで及び同一〇月二一日から同一一月二四日までの間(合計三八日)、原告の娘(福永千鶴代)が看護に当つたので、近親者付添費一日金三、〇〇〇円で計算した金一一万四、〇〇〇円

(二)  昭和五三年七月一七日から同一〇月二〇日までは職業付添看護婦が看護に当つたので、これに対し金七三万八、三六〇円を支払つた。

3 入院雑費 金五四万五、三〇〇円

七七九日入院、一日当り金七〇〇円で計算

4 通院交通費 金一万六、七六〇円

徳島バスを利用して通院したことによる交通費

5 休業損害 金二三三万七、〇〇〇円

七七九日間入院したことにより家事に従事できなかつた損害

6 慰謝料 金三〇〇万円

通常の傷害及び後遺障害による苦痛に対する分

7 弁護士費用 金六〇万円

四 よつて、原告は被告に対し前記損害合計金八九二万三、〇七二円の内金として金六〇〇万の支払いとこれに対する本訴状送達の翌日(昭和五六年七月一七日)以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

五 被告は、尿管結石及び心臓病は、本件事故と因果関係がない旨争うが、右症状は何れも本件事故によつて誘発されたもので相当因果関係があるものである。すなわち、右結石にしても、本件事故までは自然におりていたが、本件事故後はおりなくなり、そのために手術が必要となつた。心臓病の治療も、昭和五〇年ごろに治療を受けたことがあるが、完治し、本件事故までは正常であつた。ところが、本件事故後である昭和五三年一二月ごろから本件事故により腫れ上がつていた左胸が悪化して、心臓病を併発し、前記三の1の(三)の入院治療をうけざるを得なかつた。そして、心臓病と本件事故との間に因果関係のあることは、診療にあたつた大櫛以手紙医師がその旨の診断をしている(甲第九五号証)。なお、原告は、同医師との感情的対立から本件に関する証言を拒否されている。

(被告)

一  原告主張の事故の発生については、その主張の日時場所において事故が発生したことは認め、その態様は争い、傷害の程度は知らない。

二  同被告の責任については、被告が運行供用者であることは認めるが、本件事故発生の責任は原告の方が遙かに大であり、被告に幾何かの過失があつたとしても相応な過失相殺をなすべきである。すなわち、被告の過失として考えられるものは制限速度毎時三〇キロメートルを若干オーバーしているか否かの点と前方に対する注意が足りなかつたという程度で、これとて違法性の程度は著しく軽いものであることは刑事記録上明白である。

一方、原告の過失は、一二メートル東方に押しボタン式の横断歩道がありながらこの横断歩道を通行しなかつた点、そのうえ左右の確認とりわけ左方の確認を十分にせず、右方から左方へ進行する車の通過を待つたのみで、その車の通過直後に横断したことであつて、何れも違法性の高い重大なものである。

三  同損害の発生は争う。

1 本件事故と相当因果関係のある損害は、同1の(一)についてのものだけである。同(二)に関するものは、尿管結石に関するもの、同(三)に関するものも、原告の持病である心臓病、糖尿病(本件事故以前から同病院に入通院していること)の治療であつて本件事故とは全く因果関係がない。従つて、原告に生じた損害は、何れも事故発生日より、昭和五三年一一月二四日(原告が市民病院を退院した時点)までの間で計算すべきである。

2 原告は、夫と別居し、それから生活費を支給されて生計を立てていた一人暮し者であるから休業損害が発生する余地はない。

3 付添看護費は、家族付添の場合は、一日二、五〇〇円が限度であり、雑費も一日六〇〇円が妥当である。

四  損益相殺

被告は、原告に対し、その治療費等として被告が加入している自賠責保険より次のとおり合計金一七九万円を支払ずみである。

1 斉藤病院分 金二九万〇、八八八円

2 市民病院分 金三四万七、七九六円

3 付添看護費 金四一万四、七四〇円

4 原告への支払い 金一二万五、八三〇円

5 〃 金二万〇、七四六円

6 後遺障害分 金五九万円

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時場所において被告の運行供用車によつて原告が身体に傷害をうける事故が生じたことは当事者間に争いがない。

二  争いのある原告の受傷の内容は、何れも成立について争いのない甲第九六ないし第一〇一号証乙第一ないし第三号証、第六・七号証の各二を総合すると骨盤骨折、左肘擦過傷、左下腿打撲傷で、受傷時(昭和五三年七月一四日)から加療約二ケ月を要する旨、事故発生時から昭和五三年一一月二四日までの間連続して、原告主張(付添看護費)のような事由で付添看護を要する旨医師から診断されたこと、昭和五五年一二月四日自賠責保険の後遺障害認定は一四級一〇号であることがそれぞれ認められこの認定に反する証拠はない。

三  争いのある事故発生に関する原・被告の過失については、前顕乙第一ないし第三号証、何れも成立について争いのない乙第五号証、第八・九号証、原告本人尋問の結果(一部)を総合すると本件事故は、原・被告が原告主張のように進行をしている状況下で発生したもので、事故現場付近の道路は幅員約九・五〇メートル、ボタン式信号機のある交差点の横断歩道を通り過ぎた地点で衝突したが、被告主張の被告車の制限速度オーバーは毎時約一〇キロメートル(約毎時四〇キロメートルで走行)であつたこと、被告は、進路前方につき、横断歩道左右の状況や信号機の青の表示にのみ注意をし、それよりも前方の路上に対する注意を怠り、原告の動静に気づかず、原告を発見したときは、時、既に遅く、到底衝突を回避できるような距離でない位置であつたため、急ブレーキをかけたが間に合わず本件事故を発生させるに至つたこと、原告は、横断歩道が約一〇・五メートルの所にあるのに、そこまで行かずに、バスに乗るために急ぎ、左右の車両の進行に対する注意を怠り被告車の接近に気づかないままに、横断歩道外の車線を小走りで横断進行して被告車線に進出して本件事故を招いたことが認められ、これと、前顕証拠によつて認められるその他の事実を併せると本件事故発生についての過失責任の分担の割合は、原告四〇被告六〇と認めるのを相当と考えられ、他にこの認定を左右する証拠はない。なお、交通事故発生に関する被告の供述は、検察官に対するもの(検面調書)がその内容に合理性があり、より首肯できる。また、原告は、自己の目前を通り過ぎた車両の直後から車線に出たことが認められるが、この車線は、被告車の進路上でないばかりでなく、被告が、原告の動静に気づいていなかつたので、右原告の行動が本件事故発生に、直接影響したとは考えられない。結局、大筋から見れば、原・被告双方共相手方の動静に対する注意を怠つていたことに著しい過失がある。

四  争いのある原告の尿管結石及び心臓病と本件事故との因果関係については、前顕甲第九四ないし第一〇一号証、原告本人の尋問の結果(一部)を総合すると右因果関係はないものと認めるのが相当と考える。すなわち、右証拠によれば、原告は、本件事故前にも尿管結石、糖尿病、心臓病(左心室障害)等を患い、入院治療を重ねていたことがあり、原告主張の徳大への入院治療は尿管結石手術のためであり、診療に当つた医師には、右結石と本件事故とは関係ないと言われたが、原告は、本件事故で腎臓を打つたので、それまで自然におりていた結石がおり難くなつたと判断しているということが認められるが、本件事故時に右腎臓を打ち、その治療をし、かつ、それが原告の述べるような因果関係を有するものと首肯できる証拠はない。また原告本人尋問の結果(一部)によると原告が徳島市交通災害共済金をうけるためにその息子(福永良一)が、昭和五四年九月一八日付で大櫛医師から診断書(成立に争いのない甲第一〇二号証)を得たこと、それには原告には右心室障害、糖尿病、慢性胃炎、高脂質症の病名記載があり、左心室障害については交通事故のシヨツクによる旨記載されていること、右診断書について、原告は、右大櫛に、交通事故と左心室障害の因果関係について証言依頼をしたが、同人は、交通事故に遭つてすぐ原告の診断をしておるのであれば経過がわかるが、直接来ていないので因果関係のあることの証言はできない旨答えたことがそれぞれ認められ、これによれば、右交通共済へ提出した診断書は、他の病名が交通事故とは因果関係のないことが明らかであるため、右大櫛が、殊さら左心室障害を交通事故によるものとした、いわゆる災害金を受けさせるための救済的診断書の疑いがあり首肯できない(大櫛が証言できないとする理由も首肯できないことではない)。原告本人は、事故時、左胸部も打つたため腫れたが、斉藤病院でうけた治療では腫れが引かなかつた旨述べるが、本件全証拠によるもそのようなことがあつたとは認め難く、そのようなことがありとせば、事故直後から治療に当つた斉藤病院の医師、或は、これに引きつづいて治療をした市民病院の医師によつて証しうる筈なのに、そうしないので、直ちに、原告本人の述べることを信用することはできない。結局、原告の主張する尿管結石及び心臓病は、本件事故とは相当因果関係のないものとせざるを得ないから右病名に関する治療費等の損害も本件事故とは関係ないものといわねばならない。

五  争いのある原告主張三の損害については同1の(一)の市民病院の分については、形式及び内容に照らして徳島大学医学部付属病院において作成せられたものと推認できる甲第七七号によれば原告の傷病治療費が原告主張の請求金額と一致することは認められるが、治療病院、治療を受けた科、治療期間何れに照らしても原告主張にそう治療費でないことは明らかであり、その他右原告の主張を認めることができる証拠はない。同(二)ないし(七)については、前顕証拠によれば、原告の尿管結石等の治療費であることが明らかであるから、前示認定のとおり本件事故と相当因果関係のある損害でないことは明らかである。同(八)については、形式内容に照らし徳島市民病院において作成せられたものと推認できる甲第七九ないし第八三号証を照らし併せると原告の徳島市民病院におけるその主張の時点における傷病治療費でありその金額が原告の主張にそうことは認められるが、前示認定の事実に照らすと、その治療科(内科、耳科等)、治療時期等から勘案して本件事故と相当因果関係のある治療とは認め難く、他に右原告の主張を認めうる証拠はない。同(九)については、これを認めうる何らの証拠もない。

同2ないし7については、前顕証拠によれば、前示認定のとおり、事故発生時から昭和五三年一一月二四日までの斉藤病院及び徳島市民病院における入院(一三四日)治療分(傷害の程度は重傷に属するものと認める)が本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。そうすれば、同4の通院交通費は右損害に該らないことは明らかであり前顕証拠によれば、原告主張の損害額は次のとおりであると認められる。

1  付添看護費 金五三万九、五六八円

原告主張の家族による看護費は、金一一万四、〇〇〇円(重傷であることを勘案すると一日当り三、〇〇〇円を相当と認める)で、職業付添婦によるものは、金四二万五、五六八円である。

職業付添婦費用については、原告主張の金額が支払われ、かつ、それが相当であると直接認めうる証拠は何もない。ただ、形式内容に照らし併せて、家政婦紹介所で作成されたことが推認できる甲第八七ないし第九〇号証及び原告本人尋問の結果(一部)を総合すると原告が本件事故により斉藤病院及び市民病院へ入院したころ、その傷病の治療のために職業家政婦に対し、少くとも一日平均金四、四三三円(((三六、〇〇〇+三、六〇〇+三〇〇)÷九))を支払つていたこと、従つて、原告主張の期間中である九六日間に金四二万五、五六八円を下らない金額を支払つていたものと推認せられるが、それ以上に原告の主張の金額を支払つたと認めうる確証はない。

2  入院雑費 金九万三、八〇〇円

一日当り金七〇〇円(重症であることを勘案し、相当と認める)の一三四日分

3  慰謝料 金一七〇万円

傷害の部位、入院期間、後遺障害等級等を総合勘案して相当額と認める。

4  通院交通費を否定すべきことは、前示のとおりであり、休業損害については、原告本人尋問の結果(一部)によれば、原告は事故前一~二年ぐらい前から事故時に至るまで、全くの一人暮らし無職で、夫から毎月金五万円程度の送金をうけて生活していたことが認められ、また、前示認定のとおり、原告は入院期間中は、付添婦によつて、身の廻り等いわゆる家事仕事をしてもらつていたのであるから、その費用を被告に負担せしめる以上休業損害は生じる余地はないものといわねばならない。

5  被告の抗弁する損益相殺金については、原告においてこれを明らかに争わないのでこれを自白したものと看做す。そうすれば、原告に生じた本件事故に基づく全損害は、斉藤病院分金二九万〇、八八八円、市民病院分金三四万七、七九六円、付添看護費金五三万九、五六八円、入院雑費金九万三、八〇〇円、慰謝料金一七〇万円の合計金二九七万二、〇五二円となるから、この金額を前示過失責任によつて配分をすると被告の支払責任額は、金一七八万三、二三一円(二九七二、〇五二×〇・六)となる。従つて、原告は、前示既に自賠責保険金から支払いをうけている金額によつて満足をうけていることになる。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 喜田芳文)

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